東京高等裁判所 昭和36年(ム)17号 判決 1966年12月21日
再審原告 浅川ますよこと浅川益代
再審被告 富士商事株式会社
主文
本件再審の訴を却下する。
再審訴訟費用は再審原告の負担とする。
事実
(申立)
再審原告は、「東京高等裁判所昭和三〇年(ネ)第一〇三五号土地建物売買契約取消等請求控訴事件について、同裁判所が昭和三一年五月一八日言渡した判決を取消す、同事件の控訴を棄却する、訴訟費用は再審被告の負担とする、」との判決を求め、再審被告は、「再審原告の申立を棄却する、訴訟費用は再審原告の負担とする、」との判決を求めた。
(主張)
一、再審原告は、再審申立の事由として次のとおり述べた。
(一) 控訴人再審被告、被控訴人再審原告間の東京高等裁判所昭和三〇年(ネ)第一〇三五号(原審、甲府地方裁判所昭和二九年(ワ)第三二五号)土地建物売買契約取消等請求控訴事件について、同高等裁判所は昭和三一年五月一八日「原判決中被控訴人に関する部分を取消す、被控訴人が訴外小林孫六との間に別紙目録<省略>記載の不動産につき、昭和二九年七月二二日なした売買契約はこれを取消す、被控訴人は右不動産につき前項の売買を原因として同日甲府地方法務局受付第四、三〇三号を以てなした所有権移転登記の抹消登記手続をなせ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との被控訴人(再審原告)敗訴の判決を言渡し、同判決は昭和三三年三月二八日確定した。
右判決(以下、これを原判決という、)は、再審被告(同事件控訴人)が小林孫六に対し金八五万円の債権を有することと、小林孫六は、訴外田辺真を代理人として、その所有にかかる別紙目録記載の不動産を再審原告(同事件被控訴人)に代金一〇〇万円で売渡す契約をし、右代金のうち金九〇万円については再審原告の夫浅川経夫が小林に対して有する貸金債権と対当額において相殺し、残金一〇万円については請求しないこととしたという事実を認定し、その結果右売買契約は債権者を害する行為であると判断したものである。
しかし、右認定にかかるような事実は全く存在しないことで、真実は次のとおりである。
再審原告は、小林孫六が他に債務を負担していることを少しも知らず、全く善意で、昭和二九年七月二二日同人から別紙目録記載の本件不動産(詐害行為の目的物とされたもの)を代金二〇〇万円、その支払方法は所有権移転登記のとき五〇万円、同年一二月末日までに五〇万円、残額一〇〇万円は三年間に割賦払いの約束で買受け、即日甲府地方法務局受付第四三〇三号をもつて所有権移転登記を了したものであり、代金は、同日から昭和三三年一一月九日までに現金一六二万五〇〇〇円を支払つたほか、小林が住宅金融公庫から借入れた債務の残額一六万五五〇〇円を小林に代つて支払いを了し、その余の残代金については、小林が負担すべき本件不動産に関する費用を再審原告において支払うことになつていたのである。
(二) それを原判決は、前記のように、再審原告が小林から買受けた右不動産の売買代金は一〇〇万円であり、そのうち九〇万円を浅川経夫が小林に対して有する貸金債権と対当額において相殺したと認定したのであるが、その証拠となつた約束手形二通(小林孫六振出名義の金額六〇万円と三〇万円の約束手形各一通)は訴外田辺真、浅川経夫の両名が共謀して偽造し、第一審の甲府地方裁判所において昭和二九年一二月一六日の口頭弁論期日にこれを提出したものであり、また右田辺、浅川の前控訴審(昭和三〇年一二月一六日の口頭弁論期日)における右約束手形に関する虚偽の証言が右認定の証拠になつている。そして、田辺真、浅川経夫は右有価証券の偽造、行使および偽証の行為につき昭和三六年四月二四日甲府地方裁判所においてそれぞれ有罪(田辺は懲役一年、浅川は同一〇月、ともに三年間執行猶予)の判決を受け、同年五月九日右判決は確定した。
右の事由は民事訴訟法四二〇条一項六号および七号に該当するものであり、再審原告はこの再審事由を昭和三六年六月一一日に知つたものである。
(三) 再審原告が前訴訟において前記の真実を主張しなかつたのは、右田辺真の懇願によるものであり、田辺が小林孫六の関係は自分の方で解決し、再審原告には決して迷惑をかけぬからというので、やむなく、再審原告は、小林に対する売買代金債務と夫経夫の小林に対する約束手形金債権とを相殺した旨主張したのである。すなわち、再審原告は、田辺真、浅川経夫の有価証券偽造行使により真実の主張を妨げられたものであつて、右の事由は民事訴訟法四二〇条一項五号に該当する。
(四) さらに、原判決が詐害行為の基本とした再審被告の小林孫六に対する金八五万円の債権は存在しないものである。
小林孫六はさきに昭和三一年一〇月一一日再審被告を相手方として甲府地方裁判所に債務不存在確認の訴を提起し(同庁昭年三一年(ワ)第二〇三号)、これに対して再審被告は小林に対し同額の横領金返還請求の反訴を提起し(同庁同年(ワ)第二六六号)、再審原告は右訴訟の結果により権利を害せられるおそれがあるので、昭和三七年三月二三日当事者として独立参加の申出をし、小林孫六の再審被告に対する債務不存在確認を求めた(同庁昭和三七年(ワ)第七三号)。ところが、その後同事件原告小林孫六は同年六月二三日債務不存在確認の訴を取下げ、同事件被告再審被告は同年一〇月一二日横領金返還請求の反訴を取下げ、その結果、再審被告から小林孫六に対して八五万円の支払いを求める判決はできないことになつた。
しかし再審原告の参加により、右取下によつては終了しないものとされた前記昭和三一年(ワ)第二六六号横領金返還請求事件(反訴)、昭和三七年(ワ)第七三号債務不存在確認請求事件(独立当事者参加)について昭和四一年四月三〇日判決(再甲第五四号証)が言渡され、これにより再審被告の小林に対する八五万円の債権は存在しないことが確認された。
原判決は再審被告が小林孫六に対し右八五万円の債権を有することを前提としているのに、後の訴訟においてこれが存在しないことになつたのであるから、右の事由は民事訴訟法四二〇条八号に該当するものと信ずる。
二、再審被告は、再審原告主張の右再審事由に対して次のとおり述べた。
(一) 原判決が、小林孫六は再審被告に対して金八五万円の債務を負担しているのに、田辺真を代理人として別紙目録記載の不動産を再審原告に売渡した事実を認定し、右売買は債権者を害する行為であると判断したこと、右認定の証拠となつた約束手形二通が再審原告主張のとおり偽造にかかるものであり、前控訴審における証人田辺真、浅川経夫の右約束手形に関する証言が虚偽の陳述にかかること、そのため右田辺、浅川の両名が主張のとおり昭和三六年四月二四日有価証券偽造、行使および偽証罪により有罪判決を受け、同年五月九日確定したこと、以上の事実はいずれも認める。右偽造の約束手形を田辺、浅川が裁判所に提出したとの点、再審原告が右の再審事由を昭和三六年六月一一日に知つたとの点は否認する。
(二) 原判決は、再審原告主張の偽造の約束手形二通(前訴訟における乙第一、第二号証)および前控訴審における証人田辺真、浅川経夫の右約束手形に関する虚偽の証言を証拠として採用しているが、原判決が事実認定の資料としているものは単に右虚偽の証拠だけでなく、原判決理由によつて明らかなように、他の多くの証拠に右証拠を総合したものであり、かつ、右証拠は、原判決が小林孫六と再審原告間の本件土地建物の売買契約を詐害行為とした基本的事実の認定には何らの影響を及ぼしていない。すなわち、右虚偽の証拠によつて認定されたのは、小林と再審原告間に成立した本件売買の代金が一〇〇万円であり、その支払について、うち金九〇万円は浅川経夫が小林に対して有する貸金債権と対当額において相殺し、残金一〇万円は請求しないことにした、という事実にすぎない。原判決が認定した基本的事実、すなわち、小林は再審被告会社に対して八五万円の損害賠償債務を負担したので、同人所有の本件不動産を換価処分して弁済することを約したこと、小林は右不動産等の処分に関する一切の権限を田辺真に託し、田辺がこれに基いて本件不動産を再審原告に売却するに至つたという事実には、右虚偽の証拠は何らの影響を及ぼすものではないのである。
再審原告は、当審の弁論で、右小林、再審原告間の売買代金は二〇〇万円の約束であり、再審原告は右代金(正確には一六二万五〇〇〇円と一六万五五〇〇円)を田辺真に支払つたというが、仮にその主張どおりの事実であるとしても、田辺は右金員を小林に交付していないのであるから、原判決の認定と同一の結論になる筋合いである。
以上のように、原判決に右虚偽の証拠が採用されていることは、その認定した基本的事実に何らの影響を及ぼしていないのであるから、再審事由にはならないものと信ずる。
(三) 仮に右が再審事由にあたるとしても、次に述べるとおり、再審原告は、右事由を知りながら上訴によりこれを主張しなかつたものであり、また、右事由を知つてから三〇日内に再審の訴を提起しなかつたのであるから、本件再審の訴は民事訴訟法四二〇条一項但書および四二四条一項により許さるべきでない。すなわち、
(1) 元来、浅川経夫は再審原告の夫であり、田辺真は右経夫の姉の娘婿であつて、本件売買については当初から再審原告と夫経夫、田辺真が相談のうえこれを締結したものであり、昭和二九年七月二六日再審被告から右売買の取消を求める前訴が提起されるや、再審原告は前記偽造の約束手形二通を乙第一、第二号証として提出し、これにあわせて田辺真、浅川経夫が証人として虚偽の陳述をしたのである。
したがつて、再審原告はその当時(昭和二九年七月下旬か、おそくとも同年八月下旬)から右再審事由をよく知つていた、それにもかかわらず、再審原告は前訴訟の第一、二審を通じてそのことを主張しなかつたのであるから、民訴法四二〇条一項但書により本件再審申立は不適法である。
(2) また、田辺真、浅川経夫に対する有価証券偽造、行使および偽証被告事件についても、再審原告は、右経夫、田辺と前記のような親族関係にあり、かつ、本件再審原告の訴訟代理人である弁護士皆川健夫が右刑事事件における経夫の弁護人であつた関係もあつて、再審原告はその公判にほとんど毎回出廷傍聴し、現に有罪判決言渡しのあつた昭和三六年四月二四日にも出廷傍聴しているのであつて、右有罪判決が同年五月八日に確定したことも即時に知つていたのである。したがつて、それから三〇日の出訴期間を経過して提起された本件再審の訴は、民訴法四二四条一項により不適法である。
(証拠)<省略>
(本案)
なお、当事者双方は前訴訟における口頭弁論の結果を陳述したが、これによると、再審原・被告が前訴訟で本案についてした主張および証拠関係は別紙(本案の主張、証拠)記載のとおりである。
理由
一、一件記録によると、再審被告はさきに再審原告を被告として、再審原告が昭和二九年七月二二日小林孫六から別紙目録記載の不動産を買受けた行為を詐害行為として取消し、右売買による再審原告の所有権取得登記の抹消を求める訴を甲府地方裁判所に提起し(同庁昭和二九年(ワ)第三二五号土地建物売買契約取消等請求事件)、その請求を棄却するとの敗訴判決を受けたが、さらに再審原告を被控訴人として東京高等裁判所に控訴したところ(同庁昭和三〇年(ネ)第一〇三五号)、同裁判所は昭和三一年五月一八日第一審判決を取消したうえ、再審原告が昭和二九年七月二二日小林孫六との間にした右不動産売買契約を取消す。再審原告は右不動産につき右売買を原因としてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよとの、再審原告敗訴の判決を言渡した。これに対し再審原告は最高裁判所に上告を提起したが(同庁昭和三一年(オ)第七七二号)、昭和三三年三月二八日上告棄却の判決があつて、右控訴審判決は確定した。本件は、この控訴審判決に対して再審を求めるものである。
二、ところで、原判決が、小林孫六は、再審被告に対し金八五万円の債務を負担しているのに、田辺真を代理人として、小林所有の本件土地建物等を代金一〇〇万円で再審原告に売渡し、右代金のうち金九〇万円については小林が再審原告の夫浅川経夫に対して負担する債務と対当額において相殺し、残金一〇万円については請求しないことにしたという事実を認定し、右売買は債権者を害する行為であると判断したこと、右認定の証拠となつた約束手形二通(前訴訟における乙第一、第二号証)が再審原告主張のとおり偽造にかかるものであり、前控訴審における証人田辺真、浅川経夫の右約束手形に関する各証言が虚偽の陳述にかかること、そのため右田辺、浅川の両名が昭和三六年四月二四日有価証券偽造、行使および偽証罪により有罪判決を受け、同年五月九日右判決が確定したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
再審原告は、右の事実をもつて民訴法四二〇条一項六号および七号の再審事由にあたるものというのである。
しかし、成立に争いのない再甲第一号証、第二五号証、第二六号証(前訴訟第一審における証人田辺真の証言)、第三〇号証、第三三号証、第四二号証、第四五号証に前訴訟における第一、二審判決および弁論の全趣旨を総合して考察すると、次のとおり認定される。
再審原告は、夫浅川経夫と相談のうえ、同人を代理人として、昭和二九年七月上旬頃小林孫六代理人田辺真との間に、小林所有の本件不動産ほか建物一棟を代金二〇〇万円、その支払方法は同年中にうち金一〇〇万円を支払い、残金一〇〇万円は五年間(もしくは二、三年の間)の分割払いとする約束で買受け、本件不動産については同月二二日その所有権取得登記を了した。ところが、同年八月頃再審原告は、甲府地方裁判所からの通知で、再審被告から右売買契約を詐害行為として取消し、右所有権移転登記の抹消を求める前訴訟(第一審、甲府地方裁判所昭和二九年(ワ)第三二五号)が提起されたことを知り、驚いて、夫経夫を通じて田辺真に相談したところ、田辺は、前記のような代金の約束による売買の事実が右訴訟でそのまま明らかにされると、小林の債権者に右代金をとられてしまうことをおもんばかり、本件不動産は浅川経夫が小林に対して有する貸金債権のかたにとつたということにしてほしいと頼んだ。田辺真は浅川経夫の姉の娘婿であり、小林孫六は田辺真の妹の夫であつて、そうした親類関係上、浅川夫妻もやむなく右の依頼を承諾し、主として経夫と田辺が相談の結果、経夫は小林に対して昭和二七年九月一三日に貸付けた九〇万円の貸金債権を有し、小林はその弁済にあてるため本件不動産を代金一〇〇万円で再審原告に売渡したのだというように装うことにし、右貸金債権を裏付ける物的証拠とするため、昭和二七年九月一三日付小林孫六振出名義の浅川経夫あて、金額三〇万円と六〇万円の約束手形各一通(再甲第三五、第三四号証の各一、前訴訟における乙第一、第二号証)を作成、偽造し、情を知らない前訴訟の再審原告代理人弁護士藤田馨を介して、その答弁として、右のように虚構の事実を主張し、証拠として右偽造の約束手形二通を乙第一、二号証として甲府地方裁判所に提出し、田辺真、浅川経夫は前訴訟の第一、二審を通じて、証人として右虚偽の主張およびこれを裏付ける乙第一、二号証に符合する虚偽の証言をし、これにあわせて、再審原告自身も、右の事情を十分知りながら、前訴訟第一審における本人尋問でその旨の虚偽の陳述をした。その結果、前訴訟の第一、二審判決とも、右乙第一、二号証を真成に成立した約束手形と誤認し、これと右証人田辺、浅川の証言等により、浅川経夫は小林に対し九〇万円の貸金債権があつて、再審原告が小林から本件不動産を買受けた代金一〇〇万円のうち九〇万円については、右貸金債権と対当額において相殺したとの事実認定をした。
以上のように認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
元来、民訴法四二〇条一項六号および七号の法意は、偽造の文書や虚偽の証言等が証拠とされたために、自己の主張事実が否定されたり、相手方の主張事実が肯定されて、その結果自己に不利な心外の判決を受けることになつた者を救済しようとするにあると解されるところ、前記の認定からおのずから明らかなように、本件の場合、再審原告は、前訴訟の第一審以来、その答弁としてみずから虚偽の事実を主張し、その主張に符合する乙第一、二号証(約束手形)およびこれに関する証人田辺真、浅川経夫の証言がいずれも虚偽のものであることを知りながら、これを秘して、あえて証拠として提出、援用したものであり、また、原判決も右虚偽の証拠によつて再審原告の不利にその主張事実を否定したり相手方の主張事実を肯定したのでなく、これによつて再審原告の主張事実を肯定しているのであるから、右事実認定の結果かえつて再審原告に不利な原判決となつたにしても、それはむしろ再審原告が真実を秘して虚偽の事実を主張した。その主張自体の過誤、拙劣によるものというべきであり、かような場合に再審原告自身が右の事由をもつて、民訴法四二〇条一項六号、七号により、再審を申立てることは、同条号の本旨および同条一項但書の趣旨からして、とうてい許さるべきでないといわねばならない。
三、再審原告は、前訴訟で再審原告が真実の事実を主張しなかつたのは、田辺真の懇願によるのであり、田辺真、浅川経夫の有価証券偽造、行使により真実の主張を妨げられたのであるから、民訴法四二〇条一項五号に該当するという。
しかし、前訴訟で再審原告が田辺、浅川の有価証券偽造行使により真実の主張を妨げられたことはこれを認めるべき資料がなく、かえつて、前認定のとおり、再審原告は田辺から、夫経夫を通じて、真実を明らかにしないよう懇請され、これに応じて虚偽の主張、立証をしたことが明らかであるから、右主張は採用の限りでない。
四、最後に、再審原告は、原判決について民訴法四二〇条一項八号に該当する再審事由があるというが、右主張を肯認するに足りる資料がない。
再審原告が右の事由として主張する事実は同条号の規定に該当するものでないばかりでなく、成立に争いのない再甲第五四号証によると、昭和四一年四月三〇日甲府地方裁判所で言渡された再審原告主張の判決は、小林孫六が再審被告に対し八五万円以上の損害賠償債務を負担していたことを認めたうえ、原判決確定後の昭和四一年一月三一日再審原告の代位弁済(弁済供託)により右債務は消滅したと認定しているのであつて、その点で原判決と何ら抵触するものでない。再審原告の右主張も採るに足りない。
五、以上のとおり、再審原告の主張する再審事由はすべて理由がないので、結局、本件再審の訴は再審事由を欠く不適法な申立てとして、これを却下すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 福島逸雄 武藤英一 岡田潤)
(別紙)
本案の主張、証拠
一、再審被告の主張
小林孫六は、昭和二八年二月二四日再審被告の専務取締役となり、以来会社常務を専掌していたものであるが、昭和二九年二月未日までの間に会社の金銭を横領して合計金八五万円の損害を与え、同年四月一九日再審被告に対し右同額の損害賠償債務があることを承認した。それにもかかわらず、同年七月二二日小林はその全資産である別紙目録記載の不動産を再審原告に売渡し、同日甲府地方法務局受付第四三〇三号をもつてその所有権移転登記を了した。右売買は、小林孫六においてその債権者を害することを知りながらしたものであるから、これを取消し、右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
再審原告主張の事実は、すべて知らない。
二、再審原告の答弁
再審被告主張事実中、小林孫六が再審原告に対し別紙目録記載の不動産を売渡し、再審被告主張の日右不動産につき主張のような所有権移転登記をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。
右不動産の売買契約は、昭和二九年三月中小林孫六の代理人たる田辺真と再審原告の代理人たる浅川経夫との間において締結されたものであつて、右売買に至る経緯は次のとおりである。
すなわち、浅川経夫は、昭和二七年九月一二日小林孫六に対し金九〇万円を、返済期は金三〇万円につき昭和二八年三月一二日、金六〇万円につき同年九月一二日と定めて貸付けたところ、弁済期経過後の昭和二九年三月中小林から田辺真を代理人として、前記不動産の買取りを懇請されたので、再審原告の代理人となり、その同意のもとに、代金額を一〇〇万円と定めて前記売買をするとともに、右代金債務と、前記貸金債権とを対当額につき相殺し、残金一〇万円は所有権移転登記と同時に支払う旨を約したのである。
仮に、右売買が小林孫六の債権者を害するものであり、小林はそのことを知つていたとしても、再審原告およびその代理人たる浅川経夫は当時かような事実を知らなかつたのであるから、右売買を取消すことはできない。
三、証拠関係<省略>